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預金封鎖・新円切替の抜け穴となっていた株式店頭取引



板谷敏彦著「金融の世界史〜バブルと戦争と株式市場」を読んだ。
本書は通貨・株式会社・金融市場・投資理論の歴史をまとめた本。市場について理解するのに非常に良い本である。特に興味深かったのは、第二次世界大戦前後の日本の市場の動き:

  • 1897年以降、1ドル2円程度に固定されていたが、1931年に金本位制からの離脱を発表すると、1ドル4円程度まで円安が進行。1941年7月に日本軍の南部仏印侵攻への対抗措置として在米金融資産を凍結。金融封鎖直後の上海闇市場では1ドル8円〜9円程度で取引されていた。
  • 東京株式取引所では、開戦当初の連戦連勝で株価が上昇。1942年6月のミッドウェー海戦敗退以降も不利な戦況は国民に知らされず株価は上昇。1943年には金融市場の統制強化を目的に全国の取引所を国有化。統制の下で、全国都市が焼け野原になる中でも株価は堅調に推移。
  • 日本初の投資信託は1941年11月に設定された「野村の投資信託」。各社が追従し終戦まで135本が設定され、投資家は延べ156万人。戦争中に株式・債券を買い支えたとのこと。
  • 空襲が激しくなり、東京株式取引所は1945年8月9日に閉鎖。15日の終戦後、早くも29日には店頭取引が再開。
  • 1946年2月17日には預金封鎖・新円切替を含む「金融緊急措置令」が発令。店頭市場の取引が滞ったため、兜町の陳情もあり、2月23日には許可制で預金口座から引き出して株式を購入できる特例が認められる(特例は不動産購入にも適用)。旧円で株を買って売却すると新円が手に入ったため合法的なマネーロンダリングとして株式ブームに。

空襲で焼け野原になっても終戦の直前まで株式取引所が開いていたこと、そして終戦後もすぐに店頭取引が盛んに行われ、預金封鎖・新円切替でも市場の取引までを止められなかったことは驚愕だ。

関連記事:
・キプロスで預金封鎖・預金者への課徴金が導入

コメント
板谷さんの著書は、この本ともう一冊高橋是清の資金調達の本を読みましたが、お勧めですね。
  • _franc_papa
  • 2013/12/18 10:34 PM
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